インフルエンザ

週に1本 はたちの私

徒然なるままに



生産性のない、とてもつまらない話をする



私は長風呂だ

本や雑誌を持ち込んだりスマホを持ち込み

1時間ほど湯船に浸かっている

なーんにも考えていない


ただただぼんやりとアイドルのまとめスレを見たり、本を眺める

ここまではいいのだ、めちゃリラックス空間だ 


しかし、体を洗おうと洗い場に出て、頭を洗おうとするときだ


めちゃくちゃいいことがひらめいてしまう

思考がグングン進んで、自分の気持ちが明確になってスッキリする

レビューのイントロやアウトロを思いついたり、就活の対策なんかも絶対頭を洗っているときに思いついてしまう


問題は、頭を洗っているから書き留められないor覚えていられない、ということだ 

 

頭を洗ったら体を洗わなくちゃ行けないし、顔も洗わなきゃいけない

そんな時に限ってスマホは持ち込んでいない


早く上がって書きとめようとするけれど

私はアトピー

全身あちこち塗る薬が5種類ある

そして3分以内に塗らなきゃいけない

座ってスマホに没頭する時間なんてない



夏場はこの後やっとメモできるのだが、

冬はそうはいかない


頭皮が乾燥するのだ

体に薬を塗り終わったら、頭皮にも塗らなきゃいけない そして即座にドライアー

これも髪の毛の量が多いし長いから10分以上かかる 最悪だ



そしてやっとメモを取れる





、、、、、、、

「覚えてない!!!!!!!!」





ということが、何回もある

もっと寝る前とか、楽な時に閃いてほしい、、




今回も「ヒットの崩壊」を読み終えて、思うことがあったのだ


ハア、思い出せない

悔しい

中辛/私立恵比寿中学



 ももクロの妹分として結成され、メンバーの転校(脱退)や転入(加入)を重ね7年、本当の中学生メンバーがいなくなってしまった、ある意味ここからが勝負の私立恵比寿中学。今までの音源を現メンバーに割り振り、再収録したベストアルバム「中辛〜エビ中のワクワクベスト〜」。

 「エビ中の魅力を構成するスパイスを独断と偏見でセレクト」したという収録曲は、B面やアルバム曲が中心である。ああそうだ、こんな曲もあったと改めて思わされる。以前の音源と聴き比べてみると、彼女たちの成長ぶりに驚いてしまった。ボーカロイドボイスと言われた安本彩花は、表情の付いた歌い方に、歌が苦手だと言っていた松野莉奈は、もう苦手だと言わせない貫禄がついた。2年前に加入した小林歌穂と中山莉子は伸び盛りだ、すっかりエビ中に欠かせない声を出している。

 そして、唯一の新曲「サドンデス」が素晴らしい。レーベルメイトの”後輩”岡崎体育が楽曲提供し、ディレクションまで行ったという本作は、メンバー1人1人の個性を十二分に活かし、わちゃわちゃしたエビ中らしさが全開である。デビュー曲「仮契約のシンデレラ」に通じる、まさにエビ中を表す曲となっている。

 それだけではない。キングオブ学芸会を謳い、ゆるさや脱力、あくまでも子どもの悩みや恋を歌っていた彼女たちが散々ふざけた後、〈連れてってもらうんじゃなくて きっと 連れてゆくからさ〉と力強く大サビで歌うのだ。妹や娘を見る気持ちで応援していた私たちを、いつの間にか追い抜いてしまった。こんなにも強く、逞しく育ってしまったのか。そして〈あの場所まで〉と続く。ここ数年公言するようになった紅白歌合戦を意味するのだろう。自信をつけて頑張る彼女たちをこれまで以上に応援したくなる。そして、自分もまだまだ頑張れると思えてしまう。

 ソロライブを次々と成功させ、年末には代々木第1体育館で2daysライブが行われる。どんどんスケールアップしていくこれからが楽しみで仕方ない。彼女たちとずっと一緒に成長していきたい。負けてられない。

 

(2016.11.25)

TwilightCity/SEKAI NO OWARI

   彼らはもう、ロックスターではない。エンタテイメントだ。

   バラードも含めてほぼ全ての曲で、手拍子が起こる。はっきり言って曲が十分に聴こえない。(曲を聴きたい私にしては迷惑だが)でもそれでいいのだろう。彼らの音楽に合わせてリズムを取り、歌を歌う。腕につけたライトは、曲に合わせてピカピカ光る。私はここにいると主張する8万の小さな光がライブの一つとなる。その場にいることに価値があるのだろう。仮想世界が中心となりつつあるこの世界で、実体験が大事にされることはなんとも面白い。 
    デビュー前の楽曲で「ポップでキュートなセカオワメロディー」なんて歌っている。最初は変わった名前のピエロがいるポップでキュートなロックバンド、として頭角を現したが、枠なんてどうでもいい。正義や愛と悪、戦争と平和を歌っているだけだ。ロックからファンタジー、そして新曲SOSでは賛美歌まで歌い上げる。fukaseのハイトーンボイスとsaoriの麗しきピアノに惚れ惚れする。ああ、もう天国かここは。
   CDが売れない、音楽業界はもうダメだ、なんて言われて何年も経っている。しかし、これだけの人数が音楽を聴き、ライブに訪れ拳を上げる。まだまだ音楽は美しく、人々の心に触れる。
 
(2015.10.9)

或る文学少年の夢/ziplock




青春の面影を、僕たちはどこかに求める。混沌としていて、けれどもまぶしく大切なものに感じる青春を。もう戻ることのできない、遥か彼方の青春を。

 神奈川県のとある公立高校の軽音部で結成されたziplock。初対面の部員30人ほどの中から、なんとなく集まった5人。バンド名もただ響きが良かっただけ。さあ、何の曲をコピーしようか。ただの高校生バンドであった彼らが、こんなにも琴線に触れる音を放つとは思っていなかった。高校卒業に伴う活動休止にむけて制作されたオリジナルアルバム「或る文学少年の夢」。

 なんといっても、Vo./Gt.クボのソングライティング力に尽きる。日常における彼からは見られない、ほとばしる熱さが楽曲からは感じられる。これが高校生が書いた曲なのか。日々の葛藤の中で音楽を愛し、「君」を求める。すべてが昇華されて、スペイシーな空間が広がる。これを実現させるメンバー4人の能力も素晴らしいものである。しかし、彼らは自らの能力に無自覚であろう。クボの曲へ敬意を払い、理解に努め、楽しんで演奏する。それだけであろう。それだけで実現できるだけの能力を持ち合わせた4人が出会えたこと、恵まれたことである。

今回のアルバムには2曲のインスト曲が含まれている。M1”或る文学少年の夢”では、同じリフを用いながら順々にパートが増え、最後には幸福感が待っている。ラヴェルボレロを連想させる。君に振り向いて貰えなくても、僕は君を見守り続ける。自分の立ち位置を見出だせた少年の幸福感で締めくくられる。M5”真空”は2分という短い曲でありながら、ziplockの真髄といえる曲である。メンバーの個性が必要最低限の時間でありながら、必要最高限に発揮されている。このインスト2曲で、ziplockの振り幅の広さを感じられる。

 ハイライトはM5“Nostalgia”。ziplockで最後に制作された曲であり、発表された曲の中で最も優しい。<僕のいない世界で君は、笑えてますか?>と最後に囁く。今までは、ずっと君を思い、孤独からの解放を諦めていた。しかし、やっと二人は結ばれたのだ。だからこそ、僕のいない世界でも君は大丈夫、笑えていますか?と問いかける。<何処へ向かうのかは 何処で叶うのかは 今は分からなくて>君と僕の信頼、ひとつの「終わり」と「始まり」の曲である。力強く振り絞られる歌声は、きっと今日も誰かの胸を打つ。

ziplockがこのアルバムで活動休止してから1年経った。彼らが再稼働するという吉報はまだやってこない。ずっとやってこないかもしれない。それでも、彼らの音をもし、もう一度、もう一度聴けるなら、私は喜んで涙しよう。私の青春のために。私の青春の面影、ziplockのために。

(2014.10.22)

東京/きのこ帝国

日本の大都市東京。僕らの街東京。東京に住む僕らの生活は輝かしい。そんな街にいる僕らはふと思う。この街はこんなにもさみしかったっけ。あなたを待つこの街はこんなに冷たかったっけ。

 東京を歌う曲が今年も生まれた。2ndアルバム「フェイクワールドワンダーランド」先行1曲シングル、きのこ帝国の「東京」。”東京という曲を作りたいと思っているんですけど、東京というタイトルの曲は名曲が多すぎて、ちょっと気が引けます。自信を持って「東京」って名づけられる曲がなかなか出てくなくて”と語っていた彼ら。<日々あなたの帰りを待つ ただ それだけでいいと思えた>Vo.佐藤の空まで届くような透き通った声で唐突に始まる。後ろからぽんと背中を押されたように、はっとする。ああ、ギターが鳴っている。ベースもドラムも。ひとつ残らずすべての音を聴きもらさないよう耳を澄ます。ゆったりと繊細に流れていく音に、身をすべて投げ出したくなる。

 ついに生まれたきのこ帝国の「東京」は、”名曲ぞろいの「東京」”に新たに加わるだろう。<あなたに出会えたこの街の名は東京>。これが分かっただけで、時にさみしく冷たい、この街が好きになる。



(2014.10.1)

死ぬまで一生愛されてると思ってたよ/クリープハイプ


 特別な歌。「私の歌」。デビュー以来発表された曲の中でも、このアルバムの収録曲は群を抜いてパーソナルな歌詞である。クリープハイプのメジャーファーストアルバム“死ぬまで一生愛されてると思ってたよ”。

 フロントマン尾崎世界観のものではなく、どこかの誰かの歌。けれど、いつの間にか自分の歌になるから不思議である。ピンサロ嬢の話か、と思っていたら”明日には変われるやろか 明日には笑えるやろか”(M2”イノチミジカシコイセヨオトメ”)と繰り返す。今度は売れないバンドマンの話、と思っても”ねぇ君はどう ねぇ君はどう ねぇ君はどう”(M3”バイバイバイト”)。聴いているとピンサロ嬢とバンドマンの不安が、自分の不安になる。聴き終わる頃には自分のことばかり考えていて、ピンサロ嬢の話なんてどこかへいってしまう。そして「私の歌」だと自覚し、聴き終わる最後の一言が、優しく愛くるしいものであると気づく。「元気でね」「スキキライスキ」「嘘ついてくれた」。昔話風に言えば「めでたしめでたし」だろうか。ぽつりとつぶやくような一言は、溢れてくる気持ちをきゅっと曲の中に押し込め、「私の歌」を作り出す。その一言で報われた気持ちになる。空に突き抜けるような楽器本来のシンプルな音が、さらに歌と私の空間を際立たせる。

 このアルバムを出発点としたクリープハイプは、メジャーシーンを一気に駆け抜けた。全国ワンマンツアーは完売、フェスでは入場規制、地上波テレビ出演、1stシングルはオリコン7位、CMのタイアップ。万々歳である。しかし、“オリコン初登場7位その瞬間にあのバンドは終わった”(“社会の窓”)と2ndシングルのA面で歌ってのけた。あ、また「私の歌」だ。そう感じたファンも多いだろう。「あのバンドは変わった。昔の方がよかった。」懐古厨なんて呼ばれたりもする。愛着のあるバンドの些細な変化は、昔を知るファンは特に敏感である。そんな「私の歌」をクリープハイプは歌う。その後もファンを裏切らない質の高い楽曲は続き、2ndアルバム“吹き零れる程のI、哀、愛”では以前よりポップな楽曲が収録された。1stアルバムとのコントラストによって、バンドの新たな一面を見ることができた。

 下積み10年。その間、尾崎ひとりになってもクリープハイプは存在した。光の当たらない時が続いても、消えなかった。彼らはクリープハイプの役割を分かっているのだ。そしてファンも分かっている。彼らと私たちの間、そこにあるのはずっと前から変わらない「私の歌」という信頼だ。だからデビュー2年目の最新のシングルに“エロ”なんてタイトルを付けられる。

 バンドがどれだけ大きくなっても、クリープハイプの「私の歌」は消えないだろう。“死ぬまで一生愛されてると思ってたよ”そう、私も思ってた。



(2014.10.1)

oddloop/フレデリック

 

近年の若手バンドに力を与えた「ダンスロック」、「踊れる」音楽とはまたひと味違う、「細胞レベルで踊る」音楽が現れた。
 三原双子を中心に関西で結成され、オーディション”MASH A&R”で初年度に特別賞を受賞し、各地でのフェスにも出演。そんなフレデリックのメジャー1stアルバム「oddloop」がリリースされる。
 すでに、ライブにおいて欠かせないナンバーとなっているM-1「オドループ」は、前作「うちゅうにむちゅう」の勢いをそのまま引き継ぎ、これがフレデリックだ、と迫る1曲となっている。廃盤になったアルバムからの新録であるM-3「幸せっていう怪物」はサウンドに奥行きが増し、新しく生まれ変わった。
 かゆいところに手が届きそうで届かない、くすぐったいメロディと口角があがってしまう歌詞、“たま”がルーツ、と公言するメンバーを含む4人の幅広い音楽背景が凝縮されたサウンド。奇妙(odd)にループ(loop)し始めたら、もうフレデリズム(フレデリックの歌詞やリズムが頭から離れない現象)に陥っている。
 大きな波を迎えたダンスロックシーンで「踊り」疲れたら、「細胞レベルで踊って」みないか。



(2014.9.14)